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COLUMN

AMERICAN BOOKS カリフォルニアを巡る物語
『競売ナンバー49の叫び』×SF

2017.10.29

ある日突然届いた元彼の死の知らせ。主人公エディパは死亡した大富豪に遺言管理執行人に指名され、その遺産の行方を託されていることを知る。それをきっかけに、彼女の前には様々な謎が現れ、深みへとはまっていく。彼女が遭遇する闇の郵便組織とは? 果たしてこれは壮大な陰謀なのか?現代アメリカ文学を代表する天才作家が描く探偵小説。ときとして、難解と評されるトマス・ピンチョンの作品。その入り口としても人気の1冊だ!

SF一帯の街を舞台に、めまぐるしい
スピードで展開する狂熱の探偵小説!


リフォルニア州キナレットに暮らす主婦、エディパ・マースは、1965年の夏、ある弁護士事務所から連絡を受ける。かつての恋人である大富豪のピアス・インヴェラリティが死に、遺言書によって遺産執行人に指名されたというのだ。ピアスは不動産王でサン・ナルシソ市の住宅地開発で財を成した男。エディパはキツネにつままれた気分で、弁護士に会いに行く……。というあら筋を聞くと、聞いたことのない地名ばかりだとお思いになるだろう。それもそのはず、キナレットとサン・ナルシソは架空の町。前者はサンフランシスコ半島の南で、後者はオレンジ郡という設定だ。LA近郊に新興住宅地を作ることで財を成した不動産業者を巡る物語というと、LAハードボイルドによくある設定。しかし前衛的で知られるピンチョンの小説は、歴史を巡る深い謎へと読者を導いていく。

エディパは弁護士と会い、ピアスの遺産に奇妙な切手のコレクションがあることを知る。連邦政府の郵便事業に反発した地下郵便組織トリステロの切手ということで、郵便ラッパの絵がそのシンボルだ。さらにその起源が17世紀にさかのぼり、歴史に様々な影響を与えてきた可能性も示唆される。エディパは反体制運動の系譜に目を開かれ、その調査のためにサンフランシスコ・ベイエリアの町を巡る。まずはベイブリッジを渡りバークレーへ。夏休みなのに、カリフォルニア大学バークレー校は活気にあふれている。「夏の日の、平日の、昼下がり。エディパがいた頃の大学なら沸き返っているはずがない。だがこのキャンパスは事実沸き返っていた。ウィーラー・ホールからの下り坂をサザー・ゲートに向かって歩き、門をくぐるその辺りは学生たちでいっぱいだった」(P129)

続いてピンチョンは、ここに群れる雑多な学生たちを描写する。バークレー校が学生運動の中心地として全米の脚光を浴びるのはその数年後。多様な反体制的若者文化の萌芽をここに見ることができる。’50年代に学生時代を過ごしたエディパから見ると、まるで別世界だ。さらに彼女はベイブリッジを越え、SFに戻る。ここで観光客に巻きこまれてゲイバーに行き、チャイナタウンからゴールデン・ゲート・パーク、メキシコ人街へ。至るところでトリステロの郵便ラッパを見ることになる。組織はここまで浸透していたのか、それともエディパの妄想か。あるいは、ピアスの仕掛けた冗談なのか。謎を解明すべく、彼女はピアスの切手が競売にかけられるという会場へと向かう。

ピンチョンらしく難解ながらもポップなところが楽しい作品。DJをしているエディパの夫ムーチョ、精神分析医なのに錯乱してしまうヒラリウス、異常な発明家ネファスティスなど、滑稽な脇役たちにもこと欠かない。エディパと一緒に迷宮にはまり、こうした怪しいキャラクターたちと交流して、さらに深くはまっていくのが本書を読む喜びだ!

INFORMATION

●『競売ナンバー49の叫び』
トマス・ピンチョン著 佐藤良明 訳 新潮社
価格:2800円

雑誌Safari 12月号 P325掲載

文=上岡伸雄 text : Nobuo Kamioka

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